大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和56年(う)716号 判決 1981年7月15日

被告人 櫻井健治

主文

本件控訴を棄却する。

当審における訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人木村敢作成名義の控訴趣意書に、これに対する答弁は、検察官齋藤正吉作成名義の答弁書にそれぞれ記載されたとおりであるから、これらを引用する。

所論は、要するに、原判決は、被告人が普通乗用自動車を運転し、本件交差点を直進して通過するにあたり、減速徐行し、対面進行してきて右折する車両の有無及びその動静を注視し、安全を確認して進行すべき業務上の注意義務があるのに、これを怠り、交差点内において既に右折態勢にはいつている遠山千史運転の軽四輪乗用自動車の発見が遅れ、同車両発見後も、同車両において進路を譲つてくれるものと即断し、漫然時速六、七〇キロメートルの高速度のまま進行しようとした過失がある旨認定したが、被告人は、原判示のような高速度ではなく、時速約四〇キロメートルの速度で進行していたものであり、そして、被告人は本件交差点を直進しようとしていたのであるから、右折車両である遠山運転車両において進路を譲つてくれるものと信頼して進行すればよく、原判示のような減速徐行義務があつたとは考えられず、したがつて、被告人には原判示のような減速徐行義務違反の過失はなく、また、前方注視の義務に違反した過失もなく、被告人は無罪であるのに、前記のような過失を認定した原判決は事実を誤認したものであるというのである。

そこで、検討してみるのに、原判決挙示の関係証拠を総合すると、被告人は、普通乗用自動車を運転し、最高速度が時速四〇キロメートルに規制された片側二車線の道路中央寄りの車線を時速約六、七〇キロメートルの高速度で進行して本件交差点にさしかかつたこと、被告人が進行した道路中央寄りの車線上には、右折を示す矢印がペイントでえがかれていたことがそれぞれ認められるところ、このように最高制限速度をはるかに上回る高速度で進行した場合には、右折車両の運転者において、被告人運転車両の速度及び同車両が交差点に到達するまでに要する時間についての判断を誤り、被告人運転車両が交差点に進入する前に右折を完了することができるものと錯覚して被告人運転車両の進路上に進出してくるおそれがあり、また、被告人の進行した車線上に右折を指示した標示がなされていた事実からすれば、右折車両の運転者において、被告人運転車両を右折車両と誤信し、被告人運転車両の通過を待たないで右折進行を続けるおそれがあつたから、被告人としては、あらかじめ適宜減速し、対面進行して右折する車両の有無及びその動静を注視しながら進行し、相手車両の動静いかんによっては徐行をもなすべき注意義務があつたものといわなければならない。所論は、被告人の進行した道路の左側の車線上には駐車車両があつたため、被告人としては道路中央寄りの車線を進行せざるをえなかつたこと及び被告人運転車両が直進車両であつたことを根拠に被告人には減速徐行義務がなかつた旨主張するけれども、右駐車車両の存在は、被告人が道路中央寄りの右折車線を通つて直進しようとしたことを正当化する理由にはなつても、直ちに前記注意義務の存在を否定する根拠となるものとは考えられず、また、道路交通法上右折車両に対して優先通行を主張しうる直進車両の運転者といえども、全く右折車両の有無、動静に注意を払う必要がないというものではなく、殊に被告人の場合には、対面右折車両の運転者から速度及び進路を誤認されやすい運転の仕方をしていたのであるから、右折車両の有無及びその動静を注視し、適宜速度を調節して進行し、事故の発生を未然に防止すべきものといわなければならないから、右主張は採用できない。そして、原判決の挙示する関係証拠を総合すると、右注意義務に違反した被告人の過失及び事故発生に至る経過について原判決の事実認定を是認することができるから、被告人に判示のような注意義務及びそれに違反した過失があつたと認定した原判決の判断は正当であり、所論のような事実の誤認があるとは認められない。論旨は理由がない。

よつて、本件控訴は理由がないから、刑訴法三九六条によりこれを棄却し、当審における訴訟費用は同法一八一条一項本文により全部被告人に負担させることとして、主文のとおり判決する。

(裁判官 堀江一夫 杉山英巳 浜井一夫)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例